2009年9月29日の14時35分、ぼくはイギリスのヒースロー空港に降りたちました。
「ちょっと待て! 列車が止まってたんじゃないのか!」
という声が聞こえてきそうなので、少し解説をさせてもらいます。
まず、ぼくが自宅を出発した日は29日ではなく、28日だったのです。
駅員さんから列車が止まってることを聞いたぼくは、少しもあわてず携帯電話で奥さんを呼びもどし、車で列車が動いている駅まで向かったのです。
飛行機が飛び立つのは、29日。28日のうちに東京に着けばよかったので、なにもあせることはなかったのです。
「列車の件はわかった。でも、どうしてドイツじゃなく、イギリスにいるんだ?」
という声が聞こえてきそうなので、よくわからないながらも、解説させてもらいます。
なぜか、ぼくが乗った飛行機はドイツへ直接乗り入れるのではなく、イギリスのヒースロー空港どまりだったのです。そこでドイツのミュンヘン空港行きの飛行機に乗りかえなければならなかったというわけです。
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ミュンヘンにまっすぐ行く直行便は少々お高いので、より安いロンドン便を組み合わせたのです。東京―ロンドンは便数も多いので、さがせば安い航空会社もあるのです。 (編集 森定) |
さて、すべての謎が解けたところで、旅行記の第2回をはじめさせていただきます
飛行機というものは、たいくつなものです。
窓ぎわの席に座っても、おもしろいのは離着陸のときだけ。雲の上に出てしまったら、延々とおなじ風景しか見られません。たいくつになっても、そうそう自由に席を立ち歩くわけにもいきません。
そのため、飛行機会社も、ずいぶん考えてくれてます。
なんと、座席には小さなモニターがついていて、ゲームをしたり、映画などが見られるようになってます。それも昔の映画だけでなく、現在、上映中の映画も見られるのです!
成田からヒースロー空港まで、約11時間かかります。計算すると、1時間半の映画を7本見ることができます。
あなた、映画を連続で何本見たことがありますか?
ぼくは、学生時代に映画研究会に所属していました。そのとき、仲間とオールナイトで7本立てを見たことがあります。
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ぼくは、3本までです。負けましたよ……。 (編集 森定) |
──ドイツへ行く前に、若い時を思い出して連続映画鑑賞一気7本に挑戦するのも、一興(いっきょう)!
ぼくは、座席に深く腰かけると、一本目の再生ボタンを押しました。
1時間30分後──。
1本を見終えて力つきたぼくは、停止ボタンを押してました。
考えてみたら、学生時代も7本見終わったときはボロボロになってました。長時間座りっぱなしで腰は痛いし、目はショボショボする。映画館を出た後は、しばらくベンチに転がっていたものです。
25年前の若いときですら、ボロボロになったのです。いまのぼくが、1本でギブアップしても無理ないでしょう。
気持ちだけ若くても、年寄りの冷や水──Cold water of oldmanです。こういうところで英語が出てくるところに、海外へ行くという意気ごみが感じられませんか?(残念なことに、ドイツ語じゃありませんが……。)
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It's something that an old man shouldn't do.のほうが適切な英語ですね。 |
ぼくのとなりに座ってる、引率の高島部長は、新聞を広げたりワインを飲んだり、じつに旅慣れた雰囲気をかもしだしています。
まねしようと思ったのですが、いまから旅慣れるのは、不可能です。
ぼくは、モニタを切り替え、ゲームをすることにしました。ポーカーゲームです。
30万円ほど勝ちました。でも、どれだけ勝っても、モニタに映し出された金額が増えるだけ。現金をもらえるわけではありません。
──むなしい……。
ぼくは、ゲーム画面を終了し、寝ることにしました。
というわけで、目が覚めたらイギリスでした。
成田空港を出たのが10時。ヒースロー空港に着いたのが14時35分。計算すると、飛行機に乗っていたのは4時間35分になります。しかし、本当は11時間35分が経過しているのです。
7時間の誤差は、どこから出てきたのか?
時刻表トリックじゃありません。
その正体は、「時差」です。時差のため、11時間以上の時間が経ってるのに、4時間しか経ってないことになってるのです。
さて、本来なら、ここで時差の説明をしなくてはいけないのでしょうが、残念なことにヒースロー空港のことを書かないといけません。残念ですが、編集の森定さんに解説の役目をゆずってあげましょう。──というわけで、赤字ツッコミをよろしくお願いします。
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はやみねさんがわからなくても、よい子の青い鳥文庫読者のみなさんなら、だいたいおわかりですよね。 |
イギリスというと、ぼくには“霧のロンドン”というイメージが強いです。あとは、ガス灯とシャーロックホームズ。
で、ヒースロー空港に降りて外を見ると、ぼんやりした薄ぐもり。力のない太陽が、オレンジ色に光ってました。
日本からの飛行機を降りた高島さんとぼくは、次の飛行機の乗り場へ移動します。移動には、バスを使います。
まぁ、空港が広いから、歩くよりはバスを使う方が能率的だな。──単純に、ぼくはそう思ってました。
でも、乗ったバスは、なかなか止まらない。建物わきを通り、飛行機横を通過し、トンネルを数回くぐりぬけ、ようやく次の乗り場につきました。20分ほど乗っていたような気がします。
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じつは、ヒースロー空港は荷物がなくなることで有名です。荷物はトラックで運ばれるのですが、次の乗り場まで行く間に、カーブなどで荷物が振り落とされてしまうそうです。しかも、ひろわないそうです。はやみねさん、おみやげ落とさなくてラッキーでしたね! (編集 森定) |
そして、バスの中では、ずっと奇妙な音楽が鳴ってました。聞いたことのないリズムで、根拠(こんきょ)なく、さすがイギリスだと思いました。
ドイツのミュンヘン行きの飛行機が出るのは、17時20分。それまで、高島部長と時間つぶしです。
空港内のお店は、みんな英語の看板です。
ぼくも高島さんも、ユーロは持ってたのですがポンドは一銭(いっせん)も持ってなかったので、どこのお店も利用することができませんでした。(しかし、「ポンドは一銭も持ってない。」という表現は、妙ですね。)
すれちがう人は、みんな外国人です。
なかでもインドの人は、りっぱなひげとカラフルな民族衣装で、すぐにインドの人だとわかります。こういうとき、どうして自分が紋付き袴(もんつきはかま)でないのかがくやまれます。
でも、もしぼくが紋付き袴姿だったら、高島さんがとてもいやがるだろうなと思いました。
ヒースロー空港からドイツのミュンヘンへ行く飛行機は、小さな飛行機でした。
まわりも、みんな外国人。ひとめで日本人とわかるのは、となりにいる高島さんぐらいでした。
機内では、飲み物のサービスがあります。最初の飛行機では、日本人の客室乗務員さんが、なにを飲むのかきいてくれました。それが、今回は、外国人。
はるか前方から、客室乗務員さんが、飲み物を聞きながらせまってきます。
ぼくは、耳に全神経を集中し、英語を聞き取ろうとがんばりました。……むだな努力でした。
ぼくは、目に全神経を集中することにしました。
ななめ前の席に座った人が、
「コーク、プリーズ。」
と言いました。
客室乗務員さんが、見おぼえのある赤い缶を渡してます。見慣れた、コカコーラの缶です!
英語で、コーラをコークということをおぼえました。
客室乗務員さんが、ほほえみと共に、ぼくにところへ来ました。なにを言ってるかわからないけど、ぼくは胸をはって答えました。
「こぅく、ぷりーず。」
そして、ぼくはコーラを手に入れたのです。ぼくの英語(のようなもの)が、実践(じっせん)で通用することがわかった瞬間でした。
──やれる、やれるぞ!
ドイツへ入る前に、ぼくは“自信”という武器を手に入れました。もっとも、まわりから見たら“根拠のない自信”でしたが……。
ミュンヘン空港に着いたのは、20時20分。
今回、飛行機に乗っていたのは3時間。実際に経過した時間も、3時間。そこに時差はありません。
なぜ時差がなかったのか? そこに、叙述トリックも時刻表トリックも使われていません。ここできちんと説明するのが、児童向け推理小説書きの使命かもしれませんが、残念なことに急いでミュンヘンのことを書かないといけません。仕方ないので、森定さんに解説の役目をゆずってあげます。
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ロンドンとミュンヘンの時差は1時間ありますが??? (編集 森定) |
ミュンヘン空港には、その森定さんがむかえに来てくれてました。
森定さんは、とてもたよりになる編集者です。ぼくと高島さんをタクシー乗り場に案内し、運転手さんにドイツ語でホテルの住所をつげました。(紙に書いたメモを見せてたようにも見えましたが、暗くて見まちがえたのだと思います。)
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その通りです。 (編集 森定) |
ドイツのタクシーは、ベンツです。ちなみに、ぼくがベンツに乗ったのは、このときがはじめてです。
カーステレオから流れてくる曲は、どこかで聴いたことがあるナンバー。高島さんに教えてもらったのですが、90年代にはやった曲だそうです。
夜空には、雲のあいまにお月様。乗ってる車はベンツ。聞こえてくるのは、どこかなつかしい洋楽。そして走る道は、ドイツの高速道路。
なんだか、ようやく外国へ来たのだという気持ちになってきました。
ドイツ時間で21時にホテルに着きました。ちなみに、時差7時間ある日本は翌朝の4時。まるで、タイムパラドックスです。こんがらがるので、あまり時差については考えないようにしました。
時差なんて、無視すればいいのです。そのおかげで、ぼくは時差ボケにかかりませんでした。
ホテルの名前は、「Hotel Neuner」。いまだに、この名前が読めません。(「にゅーなぁ」で合ってるのでしょうか?)
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「ホテル ノイナー」ですね。 (編集 森定) |
そう大きなホテルではありません。一見、ふつうの民家に見える2階建ての建物で、民宿やペンションといった雰囲気です。まわりはふつうの住宅街で、看板が出てなかったらホテルと気づかないところです。(看板が出てても、ぼくは気づきませんでしたけどね。)
チェックインは、フロントのおばさん相手に森定さんと高島さんが、ちゃっちゃと進めてくれました。ぼくは、言われるままに宿泊カード(むかしで言う宿帳〔やどちょう〕ですね)に名前を書きました。ちゃんとひらがなではなく漢字で書いたのですが、ドイツ語で書いた方がよかったのかもしれません。
このとき、ぼくは、
「持ってきたノートパソコンを、部屋でインターネットに接続したいのだが、ワイヤレスネットワークのパスワードを教えていただけないだろうか?」
ときこうと思いました。
しかし、漢字で書いた宿泊カードを渡してから、ぼくを見るフロントのおばさんの目が、じつに不審者(ふしんしゃ)を見るような目になってます。
──ここは、あまりややこしいことを言わない方が、無難(ぶなん)だな。
そう判断したぼくは、一言、
「インターネット?」
とききました。
首をひねったおばさんは、森定さんを見ます。森定さんが、英語でなにごとかを話します。
するとおばさんは、よくわかったというようにうなずき、パスワードを紙に書いてくれました。渡してくれるときになにか早口で言われたのですが、きっと、
「パスワードはもれないよう、慎重にあつかってほしい。」
と言ったにちがいありません。
現に、森定さんが、
「だれにもパスワードを知られないように気をつけてくださいと言ってます。」
と、通訳してくれました。
ぼくはすべててわかってるというようにうなずき、フロントのおばさんに向かって、くちびるに指をあてました。
「シー!」
おばさんも、ほほえみながらうなずきます。
会話は成立しませんでしたが、コミュニケーションはみごとに成立しました。
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みなさん、ようやく旅らしくなってきましたね。 |
<つづく>



























































