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「ひきこもり」から「ひらきこもり」へ | 渡辺浩弐 | 2002年12月号
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労働量対収益という観点に立つと「本を書く」ということは商売としてはあまりお勧めできない。
作家と名乗っている人でも、実際それだけで生計を立てている人は一パーセントに満たないのではないだろうか。ほとんどの場合、自分の意見を世に問う、という目的のために、情熱を持って書き続けているのだ。
それならば、本を出すよりインターネットを活用した方が有効な場合もある。写植を打って印刷して製本して配本して……というプロセスをすっ飛ばして、書いたその瞬間に、世界中に伝えることができる。
それだけではない。読者からの反応も、メールで、リアルタイムで受け取ることができる。書きながら読んでもらい、その反応をみて筆先の行方を決めていくこともできるわけだ。
ミュージシャンには、CDやDVDのリリースだけでなく、ライブコンサートという手段がある。
演奏しながら観客の反応を確認し、あるいはそのノリを更なる創作のエネルギー源として吸収することができるのだ。ちょっと古いけれど吉田拓郎の『人間なんて』のように、ライブの場で曲が生まれたなんて例もある(古すぎますね)。
文筆家にも、そういう手段が、今はある、ということだ。
今年の夏、雑誌でも単行本でもなく、インターネットの上に文章を書き続けた。
その理由は、書き始めの時点で、自分が何を書くつもりなのか、よくわからなかったからである。無茶苦茶な話だが。
取りあえず「ひきこもりのどこがいけないんだろう」と、その一言が頭の上にぼんやりと浮かんでいた。
コンピュータープログラマーとして年収一千万円以上を得ていた三十代前半の友人が会社をいきなり辞めてしまったことが、きっかけだった。
転職ではなく、引退だと言う。「一生遊んで暮らせるめどが立ったから」ということらしい。別にがっぽり貯め込んだわけではない。
「一本あれば何ヵ月も遊べるゲームソフトを、すでに数千本は持っている。それらを順番に遊んでいるだけで残りの人生は費やせてしまうことに気付いた」と言うのだ。
ゲームだけやってる限りにおいては、お金は電気代と最低限の衣食住をまかなう程度があれば十分。それくらいならもう一生分OKという計算らしい。
僕はそいつの胸ぐらを掴んで「まだ若いのにお前そんなことじゃだめじゃないか」と説得する気には、全然、ならなかった。むしろ、面白い時代になってきたなあ、と思ったのだ。
何か、とても重要な潮流の端緒が見えかけている気がしていた。しかしその正体はもやもやしていてよくわからない。僕の脳味噌では足りない状態である。
そこで、大勢の人々の脳を借り、そこに考えを拡張させてもらうことに決めた。
「ひきこもって何が悪い」
そんな疑問を、まずは自分のホームページから投げかけてみた。
そこから考えを進めていき、少しずつでも毎日必ず書き続けることにした。
連載エッセイというより、BBS(ネット上の掲示板)に誰もが書き込んでいる軽いメッセージのような感じだ。その日考えが至ったところまでを寝る前にネットにアップし続けて一ヵ月、二ヵ月。文章はじわじわと延びていった。
それを読んだ人達から、続々とメールが寄せられるようになった。
様々な状況を抱えた人々がいた。登校拒否状態のティーン・エイジャー。自宅にこもって作業しているクリエーター。あるいは会社をやめるかどうか真剣に考えているOLやサラリーマン。突然リストラされたばかりのお父さん。
意外なことに、そこに、閉塞感はあまりなかった。むしろ、学校や企業といった既成のシステムをあえて拒否して自分なりの幸福を見つけようともがいている人々の前向きなエネルギーを感じることができた。
連載期間中は、基本的に全てのメールに直接、返事を出した。そして、そのやりとりの一部を引用しながら、連載を更に先に進めていった。
世の中の価値観が激変しつつある。どんなに大きな会社でも、いきなり潰れてしまうかもしれないのが今日この頃の現実である。そごうや山一やマイカルの例を持ち出すまでもない。
たとえ倒産しなくても、今はどんなに高い役職についている人でも、いつでもリストラされる可能性がある。終身雇用制度が壊れたということだ。
現役のサラリーマンだけではない。学生も同じだ。
大企業のブランド価値も、学歴による人生保証も、崩れた。
会社に無理してしがみつくことが、あるいは、エリートコースに乗るために記憶力大会みたいな受験勉強に必死になることが、もしかしたら、無意味になってしまっているのではないか。
じゃあ、その代わりに、どんなふうに生きていくべきなのか。
学校や会社よりも重要になってくる「自分自身」を、どう発見していけばいいのか。
話はそういう方向に進んでいった。僕は結論を用意せずに書き続けた。そもそも話をどこかでまとめるつもりもなかった。
しかし、数千人の読者=参加者と一緒に、だんだん、漠然とした希望を感じることができるようになってきた気がする。ひきこもりをポジティブに延長していくと、その先に、デジタル時代ならではの新しい生き方が、新しい自己実現方法が、見えてくる。そういうことだ。
ちょうど三ヵ月に至る頃、論旨が一応の結論に達した。六月二十四日に始まった連載は、九月二十四日に、完了をみた。
参加してくれた読者からの要望もあって、これを、単行本の形にまとめることになった(『「ひらきこもり」のすすめ』講談社現代新書)。
紙には紙の良さがある。この機会に、勢いで書き続けていたネット上の文章を読み直し、自問自答しながら全て書き直した。また、連載中にメールをくれた方々の中にはプロのクリエーターも多くいた。その中から、完全に個人のスタンスで創作活動を行い成功を収めている三名に、実際に会いに行った。そのインタビューを「ひらきこもり実践編」としてまとめ、追加した。そうしていくうちに不思議なもので、ちょうど本一冊分の分量になった。
ここでようやく、自分が抱えていた疑問の本質が、そしてその答えが、さらにはそこから予見できる未来が、明確になった気がしている。自分に対してなるほどオマエはそういうことを考えていたのかと納得するような、不思議な気分である。
こういう本の書き方もあった。
(わたなべ・こうじ 作家・ゲームクリエーター)
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