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BOOK倶楽部TOP書籍粂 和彦
脳の中の時計の話粂 和彦2004年7月号


 旅先でホテルに泊まると、部屋の中がどうも薄暗く感じる。普通の家庭の居間のような、天井のシーリングライトはなく、あるのはポーチのダウンライト、部屋にはスタンドとベッドライトのみ。これはホテルが高級感を出すための演出なのだと考えていた。
 ところが、留学して米国に住んでみると、普通の家庭の居間やベッドルームにも、やはり天井にはライトがないことが多く、どの家も全体が薄暗い。
 なんとなく不思議に思っていたところ、白人と結婚した日本人から、こんな話を聞いた。彼女が、夜、本を読もうと思って部屋の電気をつけると、旦那がまぶしがって嫌がる。彼女にはとても細かい字を読む気にならないような薄暗いところで、彼は平気で新聞を読んでいるらしい。この差は目の色に由来する。
 彼は真っ青な目をしている。日本人のほとんどは濃い茶色か、黒い目である。これは虹彩や網膜の色で、光が強いときにはそれをさえぎったり、余分な反射を減らす作用がある。白人はこの色素が少なく、眼の中で光が反射して、弱い光でも眩しく感じるらしい。
 明るさはルックスという単位で表される。たとえば、よく晴れた日の屋外は一〇万ルックスを超える。月明かりは一ルックス程度である。満月の時でも実は数ルックスしかないが、とても明るく感じるのは、人間の目は順応力が高く、かなり暗いところでも問題ないことを示している。一般に、明るい部屋を好む日本人でも、部屋の明るさは一〇〇〜二〇〇ルックス程度あれば充分で、料理をしたり勉強をしたりする場合でも、局所的に五〇〇ルックス程度の明るさがあれば良いとされている。
 ところが、日本のコンビニは一五〇〇〜二〇〇〇ルックスの明るさを誇っている。昼行性の人間は本能的に暗さに対する恐怖心を持つので、明るさは安心感を与えるものだ。また、防犯にも役立ち、明るい方が商品の見栄えが良いため、売り上げの向上にもつながる。そういう理由でコンビニは過剰に明るいのだろう。
 しかし、この明るさがちょっと困りもので、夜中にこれほど明るい場所に長時間いると、脳の中の時計が今は昼なんだと騙されてしまう。つまり、体内時計が狂ってしまうのだ。脳が昼と夜を勘違いすれば、眠るべき時に眠れないし、起きているべき時に眠くて仕方がない。これは海外旅行で悩まされる時差ぼけの症状と同じだ。
 このずれてしまった体内時計をもとに戻せるのも、実は明るい光しかない。夜遅く光に当たると夜型にずれてしまうが、朝早く光に当たれば朝型に戻すことができる。ただ厄介なのは、一度、夜型にずれてしまうと、どうしても朝寝坊しがちになることだ。すると、早朝の光を浴びるチャンスを逃して、また夜更かしをするという悪循環に陥ってしまう。
 それにしても、そもそもこの体内時計というのは何なのだろうか?体内といっても、どこにあるのだろうか?睡眠が乱れることと時計や光にどんな関係があるのだろうか?私自身、昔からこんなことを素朴に疑問に思っていた。
 数年前から、科学者として、この体内時計や睡眠の謎を調べてきた。始めてみると、体内時計も睡眠も実に面白い。時計だから時刻を測るのは当然だが、渡り鳥はこの時計を使って飛ぶ方角も決めている。ミツバチも然り。体内時計は、眠気を覚ますシグナルを脳に送るらしい。
 自分自身の研究としても、この時計の仕組みの中で、振り子や歯車を作っている部品を遺伝子のレベルで探し出すプロジェクトに成功した。また、睡眠の本質、つまり生物学的な必然性と、その位置づけをさぐるため、下等な動物であるハエが眠るのかどうかを調べて、その中で面白い現象も見つけた。
 そこで、研究を始める前の私と同じような、素朴な疑問を持っている人に答えられるように、わかりやすい言葉を使って書いたのが『時間の分子生物学』(講談社現代新書)だ。
 出版してみると、読者からいろいろな感想を頂いた。面白いことに、私と同じ理科系で研究をしている知人の多くが、この本の内容は普通の人には難しいのではないかと言う。ところが、分子生物学などほとんど知らないという文科系の知人たちは、ほぼ一様に、全部は理解できていないかもしれないが、とっても面白くてよくわかった、という感想をくれた。どうやら、理科系の人間は文科系の人間の理科能力をみくびっているらしい。
 この本には睡眠の研究の最先端まで書いたが、それでも、まだまだ謎はたくさん残されている。その部分がもっと知りたいという感想にも、いつか答えたい。さらに研究を進めて、次は『解明された睡眠の謎』というタイトルの本が書ければと科学者としての夢想は続く。
(くめ・かずひこ 熊本大学発生医学研究センター助教授)


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