1987年1月。生まれて初めて自腹でサッカーを見に行った。それがゼロックス・スーパー・サッカーだった。当時はまだJリーグなんてなかった。木村和司と奥寺康彦がプロになったばかりだった。日本リーグの「黄金カード」日産対読売なんて栃木県営陸上競技場でやっていた。そんな時代のニッポンにマラドーナがやってくるという。どうしてもナマで見たかったのだ。実際、マラドーナは圧巻だった。何人に囲まれようが、DFの股間を抜いてパスを出した。どこに目がついているんだろう、と思うパスを何本も通し、それが当たり前のように平然としていた。あり得ない角度から送られてきたパスをダイレクトでボレーシュートした。ベタな言い方になってしまうが、全てが超一流だった。

▲昨年、日本代表の三浦淳宏の欠場時に頭角を現した、左サイドの相馬崇人。今季、さらなる飛躍を狙う

▲今季加入したブラジル人FWワシントン。「デビュー戦」となったゼロックス・スーパーカップで2ゴールをあげた
あれから18年が経った。30歳になった僕は、再びゼロックス・スーパー・サッカーに足を運んだ。名前はゼロックス・スーパーカップと変わっていた。マラドーナのように海外から名選手が来る機会ではなくなり、前年度のリーグ戦王者と天皇杯チャンピオンがシーズン開幕1週間前に戦う場となっていた。
別段何かを期待して横浜国際に行ったわけではない。むしろ、サッカーを見る目は冷めている。開幕前の試合。コンビネーションもシステムもまだまだ未完成なのはわかっていた。案の定、前半の15分も過ぎると睡魔が襲ってきた。しかし、前半も30分を過ぎると、目を見張る「個」の存在に気づいた。
東京Vの相馬崇人、そしてワシントンだ。
相馬は代表入りも噂される左サイドバック。フィールド・プレーヤー20人の中で唯一、局面を打開しようという気概に溢れていた。(試合後、ブスっとした顔で「今日はちっともいいところがなかった」と言っていたようだが)。簡単に言えば、「オレがここで一人抜いたら、ヴェルティにチャンスが訪れる」と思ってプレーしていたはずだ。1対1の局面で果敢にアタックを繰り返した選手だった。
そしてワシントン。「元ブラジル代表」という肩書きはもはや評価の対象にはならないかもしれない。しかし、189cmと長身ながら、足元が柔らかい。中盤の小林大悟のサポートがあったなら、より効果的なプレーができたに違いない。ダイナミックなフェイントも素晴らしい。松田(直樹)不在で出場した栗原(勇蔵)ごときではまったく対応することができなかった。後半ロスタイムの同点弾は、横浜FMのDFが交錯したとはいえ、ワザアリのゴール。ポストプレーヤーだと考えてはJのDFたちは痛い目を見ることになるだろう。
最近、日本ではシステム論が盛んだ。やれ「サン・ゴー・ニー」やら、「ワントップ・ツーシャドー」やらと普通に言ったりする。確かにシステムは重要だと思う。「『サン・ゴー・ニー』は『ヨン・ヨン・ニー』に対して不利だ」などと書いたりしている僕もその過剰なシステム論に加担している張本人だ。
でも……と思う。サッカーが好きになったとき、サッカーに興味を持ったとき、そこには絶対的なスターがいたはずだ。「ツバサ君」や「ミサキ君」ではなく、リアルに存在するスター。一人で局面を打開する、一人で試合をコントロールしてしまう、そんなスターがいた。例えばマラドーナのような――。
相馬やワシントンをマラドーナと同等に語ろうとするのはマラドーナに失礼だ。しかしJリーグを見に行くきっかけとして、お金を払っても見てみたいと思わせる「何か」を持っているかだと思う。相馬もワシントンも、その「何か」を持っている。別にヴェルディ贔屓というわけではないのだがこの試合で目を引いたのはこの2選手だった。
ちょっとシビれる。そういう選手はもっと見たいし、見て欲しいと思う。今季はもっとJリーグを見に行こう。そう思える試合だった。18年ぶりのゼロックス・スーパーカップは、収穫のある試合だった。
※試合の写真はほかにもFBN Photoにも掲載
(2005年3月1日記)