東浩紀のゼロアカ道場 第三回選考・総評
というわけで、ゼロアカ道場、第三回の選考発表です。女性が全員合格しました。そして「非モテーズ」が二人落ちました。
これは意外な展開です。実際、選考したぼく自身も意外なのです。でも提出された書類を精査した結果、こうなってしまいました。
各論文への評価・講評は諸事情があって、7月12日まで秘密です。諸事情がなにかは、どうぞいろいろと想像してみてください。とにもかくにも、そのためいまは細かい選考の過程は言えないのですが、それでも秘密を漏らさないかぎりで選考基準を書こうと思います。
合格者には3つの傾向があります。講談社BOXでデビューさせるのに相応しいが実力の足りないひと、BOXのカラーにいまひとつあわないが書籍企画として安定感のあるひと、BOXとあうかどうか微妙だし実力的にも背伸びをしているがとにかく真剣っぽいので第四回での動きを見てみたいひと、の3つです。企画書で真剣味を感じさせないひとは、潜在的な実力が見えても落とさせていただきました。「あ、これ一晩で適当に書いたな」というのは、文章で伝わるものです。一晩の企画書で一万部デビューを約束するほど、編集部もぼくも能天気ではありません。
それでは、全体の講評を。
まずはネガティブな話からすると、全体を読んで、「こいつ、ずば抜けている!」と思わせるひとは、残念ながらいませんでした。また、ゼロアカ道場全体の弱点も見えました。
今回は、自著要約と架空の書評という二つのテクストを書かせています。それは、「企画としてのおもしろさ」と「その企画を相対化する視線」の両方を見るためのものでした。
しかし、この後者ができていないひとがとにかく多い。というかほとんどすべてのひとができていませんでした。書評として自律して読める文章を書いていたのは、唯一藤田直哉氏だけです(とはいえ、これは決して彼が総合的にベストということを意味してません。詳しくは講評の発表を待ってください)。この弱点には、おそらくゼロアカ道場全体、というか講談社BOX全体の雰囲気が関係していると思います。そのような特徴は、最終通過者がプロデビューし、ゼロアカの外に出たあと問題になるかもしれません。合格者は、今後半年ほどかけて、関門突破の努力とは別に、書評力と自己相対力を鍛えてほしいと思います。
とはいえ、ポジティブな感想もあります。今回は、ゼロアカ道場の強いところ、というか魅力が、はじめてはっきりと見えた選考でした。
今回の提出課題を読み通して、ぼくは静かな興奮を覚えました。その理由は、そこに、普通の感覚ではとても「評論」とは呼べない、かといってフィクションというわけでもない、いかにも徒手空拳で作られた、まだ名指しようのない「乱暴」なテキストがいくつか含まれていたからです。
むろん、乱暴だからいいというものではない。実際、現実的な出版の可能性を考慮して、ぼくは今回そのうちのひとつを落としています。しかし、そういう名指しようのない文章には、普通の文学賞の選考や論文公募ではなかなか出会うことができません。少なくとも、今回の提出課題には、これは(ぼくが同時に行っている)『思想地図』の公募では決して読めなかっただろうなあ、という文章がいくつかありました。そのような可能性の原石を集めることができたという点で、ゼロアカ道場の開催意義はすでに十分にあったと思います。
「評論」という言葉は、いまとても狭く、つまらない意味で理解されています。また、実際に評論というジャンルも痩せ細っている。しかし、本来はそれにはとても豊かな可能性があるはずなのです。評論には、「こうでなければならない」というスタイルなどありません。書き手が考え、思ったことを、直接にぶつけることができるフリースタイルのエクリチュールが評論なのです。ところが、その自由さがいまの評論では忘れ去られている。
その自由の感覚をふたたび思い起こさせる、乱暴でかつ実力のある書き手をひとり送り出せれば、ゼロアカ道場は成功です。今回の課題選考で、はじめてその成功への手がかりを掴んだ感じがします。
それでは、第三回選考通過者のみなさん、7月12日に講談社でお会いしましょう! 驚愕の第四回選考課題がみなさんを待っています。
2008年7月1日
東浩紀
|