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石田衣良
40歳から始めよう
石田衣良
2006年3月号
[石田衣良]
[竹内一郎]
[松浦寿輝]
[速水敏彦]
『池袋ウエストゲートパーク』や『4TEEN』のイメージが強いせいか、どうもぼくは青少年しか書かない作家だという印象があるようだ。実際には『LAST』や『赤・黒』など、いい年をした大人たちのダークな物語を書いているのに、である。
そんなところに「週刊現代」から連載の依頼があった。ぼくにとってこの雑誌といえば、袋とじのヌードと『特命係長 只野仁』である。中高年サラリーマンの憩いの誌面である。それなら、世にいう中年を正面から書いてみよう。自分の同世代をきちんと描くのだ。
タイトルは最初の打ちあわせで決まった。講談社のN取締役(なんと『課長 島耕作』のモデルになったと噂のロマンスグレーである)が、ヒントをくれたのだ。
「石田さん、14歳を書いて『4TEEN』なんだから、40歳の中年を書いて『40』っていうのもおもしろいね」
その場でぼくは軽く頭をさげて、お礼をした。
「それ、いただきます」
実際には、こうした形で小説の内容まで踏みこんだうえでの依頼を受けることは、ぼくの場合あまりない。たいていは中身が決まらないまま、なんでもいいから書いてくれといわれるだけである。だから、このときほどスムーズに題名と小説の造りが決まったことはなかった。話が始まって、ほんの十分で形ができたのである。
創作というのは不思議なもので、始まりがスピーディで滑らかだと、出来あがった作品自体にもその勢いがのり移るものだ。連載をしていた三十週のあいだ、筆が停滞することはまったくなかった。新しいアイディアもつぎつぎと湧いてくる。週末がくるたびに連載一回分十五枚を書き、いい気分で遊びにいくという日々だったのだ。
きついといわれる週刊誌連載も、この調子なら楽しいなあ。そう思えるほど始終快適な仕事だった。
さて、では『40』の内容をご紹介。
主人公は大手広告代理店を辞めて、たったひとりでプロデュース業を開始した吉松喜一(40歳)である。この人物はコピーライター時代に出会った友人がモデルになっている。喜一は友人の事務所に机を借りて、営業を開始する。そのPRのために始めたブログのタイトルが、『40』なのだ。
この年代は微妙な時期である。人生の折り返し地点だ。若さとセンスでは二十代にかなわない。若い女たちからは、オジさん扱いだ。かといって、金と力はすべて老人たちににぎられている。体力は落ちていくし、仕事は楽にならないし、折り返しをターンしても、まだまだのぼり坂が続くのだ。
小説では喜一が出会う人物をほぼ同世代の40歳に設定している。間借りした事務所のデザイナー谷内も、コピーライターの盛も同年齢なのだ。最初の依頼は、不祥事を起こしてIT企業を追われた新興起業家の星である。六本木ヒルズに住み、夜は西麻布のクラブをでたらめにはしごする荒んだ生活。
ライブドアの強制捜査を見て、あまりの時代とのシンクロ感に自分でも驚いてしまった。元社長のガールフレンドであるロリータAV女優から、一日二万円の日当で雇われた喜一が、どんなふうに地上に落ちた星の輝きを取りもどすか、それは読んでのおたのしみである。
以降、大学時代の親友同士が、同じ銀行で支店長への昇進試験でしのぎを削る物語や、高校時代のある出来事の衝撃で二十三年間引きこもった40歳を、なんとか夜の街に連れだすまでを描いた話など、全七話の連作長篇になっている。
この引きこもりの回は、感慨が深かった。中学時代の友人の実話だからである。Kくんは中学生のころ抜群の秀才だった。仲のよかったYくんとは、よく本の貸し借りをしていたそうだ。ふたりは当時難関で有名だった下町の進学校にすすむ。
ところがある日、KくんがYくんの家に大量の本をもってやってくる。どれもとてもおもしろかった。仲良くしてくれて、ありがとうといって帰っていったという。翌日の朝、通勤電車から見える駅の駐輪場で、Kくんは灯油をかぶって焼身自殺した。
Yくんには衝撃だった。その事実を知ってから、全身の力が抜けてしまい、一週間起きあがれなかったというのだ。ぼくは高校時代の同窓会で、今は地方公務員をしているYくんから、直接その話をきいた。Kくんの自殺は知っていたけれど、裏側にそんな事実があったのか。
この話を基に書きあげたのが、サブタイトルにもなっている「翼ふたたび」である。いくつになっても、もう一度翼を広げることはできる。この世界には無数の空があって、すべての人間が飛んでも、まだまだ空には余裕があるのだ。40歳で引きこもりを解いて、社会にでてみるのも、またいいではないか。人生の半分が終わったとはいえ、残りの半分だって十分すぎるほど長いのだ。再起のチャンスはある。
最終話では、かつて同僚からゴールデン・ファイブと呼ばれていたイベント請負チームが再結成されることになる。デフレ不景気でイベント需要は極端に細っている。腕利きたちはみな散りぢりになり、連絡先さえわからないのだ。
情報誌の出版社から与えられた仕事は、中高年就職誌の新創刊イベント。日比谷公園でひと月半後に単日で五千人の中年男を集めるイベントを成功させること。ゴールデン・ファイブがふたたび集合して、どんな秘策で大手代理店をだし抜くか。肝心のイベントのキラー・コンテンツはなんなのか。そのあたりは、実際に『40』を手にとってください。
最後に、ぼく自身の40歳のこと。
ぼくにとって、40歳は実際に作家として世に認められた年だった。二年まえにデビュー作『池袋ウエストゲートパーク』が書店にはならんでいた。編集者や評論家の評判は望外といってもいいほどよかったけれど、ぜんぜん売れなかったのだ。
それがなぜかTBSでドラマ化されることになり、40歳の四月からオンエアされたのである。本はたちまち売れだした。ドラマも毎回おもしろい。西口公園にいくと、タカシ役の窪塚くんの真似をした白いタンクトップの少年が、やたらに歩いている。
ぼくはデビューが遅かったので、どうなることかと思っていたら、くるはずがないと思っていたビッグウエーブがきてしまったのである。それ以降の、ぼくのでたらめないそがしさは、みなさん、テレビ・新聞・雑誌などなどで、ご存知かもしれない。
だから、『40』のオビにはいるスローガンは、創作でもコピーでもないのだ。ぼくにとっては、まったくの実話なのである。日本全国の中年男子よ、ともにがんばろう。では、声をあわせていきましょう。
40歳から始めよう。(いしだ・いら 作家)
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