自由にお好きなテーマで、と昨年末、読売新聞さんが、僕にコラムを書かせて下さいました。二ヵ月にまたがる全6回連載の紙上で、僕は、現代文学シーンにいまだ恥ずかしげもなくはびこるところの、三つの紋切型に対して、正直な違和感を述べさせてもらいました。
紋切型

異常さの濫用(暴力・殺人・ドラッグ・変態性欲など)。
紋切型

愛する者の死(不治の病・死別と号泣・記憶の美化)。
紋切型

入れ子形式(メタフィクション)は前衛小説の一手法である、という固定観念。

と

については、いずれもあまりに繰り返し文学の世界で反復、消費され、映画にもドラマにもされすぎたため、観ている人間の感覚の方が、いいかげん麻痺しきってしまっています。
ですから、例えば小説で、どれだけ人が虐殺され、マリファナでラリッた少年らに私刑(リンチ)・強姦・輪姦などをさせ、された少女がたとえ死んでしまったりしたところで、過剰描写に麻痺させられた今の僕らには別段、そのことでこれっぽっちの感慨も湧きませんし、同様に、どれだけ愛する恋人が難病で命を奪われ、遺された者がとめどなく何リットルもの涙を流そうが、やはり今となってはもう、その悲しみに僕らはなんの同情も抱けなくなってしまっているのです。
うぶな大衆に、暴力と涙とをここぞとばかりに大量消費させ、売って売って売りまくったマスメディアと、その商業的戦略のカモになった善良な消費者らとは、お互いが、そのような共通の紋切型の強化に貢献し、自分らの感受性を最大限、摩耗・鈍化させて果てました。そして、そのことに誰も気を払うことなく、いっときの幻覚が醒めるや、泣いたカラスが…もう、とでもいうように、すぐまたケロッとして、まるで麻薬中毒患者のごとく、もっとおくれ、もっとおくれ、もっと殺して、もっと犯して、もっと人が号泣するところを観せておくれ、と、同じ紋切型の餌食になりたがる人が後を絶たないのです。もはや、正気の沙汰ではありません。
もうそろそろ終わりにしましょう、そういう稚拙な感興のデモ行進は。メディアの戦略の「匂い」に、少しは敏感になるべきです。あっ、これは例の紋切型誘導戦略だな、あぶないあぶない、もうそんな安易な手口には騙されないぞ、その手は桑名の焼き安永餅だと。
ありゃ。本当は、こんな


のような枝葉なんてどうでもよかったのでした。
今回は、特に

に関連して書こうと思っていたのです。この稿はそもそも僕の新作について何か書いてくれという依頼でした。そして、この小説『りすん』は、実はかれこれ八年ほど前、僕の処女作である『アサッテの人』と同時期に、後追いというか、いや、ほとんどそれと併走して、抱き合わせの格好で書かれた作品なのです。
昨年の文學界9月号掲載のエッセイに、僕はこう書きました。
「二十代の終わりに『アサッテの人』と、他にもう一編アサッテものを書いたのち……」(「雑感——神々との里程」冒頭より)
ここに書いた「もう一編(の)アサッテもの」というのが、今回の新作『りすん』の原型にあたるものです。同人誌ナハトに発表した初出時は「アサッテ問答」というタイトルでした。まさに抱き合わせの、双生児らしい題名でしょう。
ただ、ナハト掲載時、それは、ほんの百枚程度の中編でした。それを今回、いったん五百枚まで新たに加筆し、推敲・削除により四百枚、さらに削って三百枚を切る分量に絞り込みました。考え方によってはこの小説は、削ろうと思えば限りなくゼロになるまで削ることも可能な、あえて冗長な話し言葉「のみ」で書かれており、このまま削除を続けていけば、小説そのものが無くなってしまう(!)と気が付いて、三百枚弱のところで止めたのです。つまり、『りすん』とは、当のその「冗長な会話」を、読者に(または作者に、或いは登場人物自身に?)「聴かせる」のがねらいの小説であって、冗長さ自体を否定するやいなや、作品として成立しなくなってしまうという、まったくもって厄介で、変テコなシロモノなのです。
同時期に書かれた双子のような二作ではありますが、これらは内容的にはかなり違う小説です。初め、僕の中では便宜上、『アサッテの人』を理論編、『りすん』を実践編と考えていました。でも、書き上げてから比較してみると、両者は、主題も考え方にもだいぶ異同があり、ほとんど相互連動などしていないように思えます。
最大の相違はもちろん文体です。これはまあ言わずもがなでしょう。難解で思弁的と言われる前作の反動からか、新作では平易な言い回しをわざと多用し、「無用さ」のみを徹底して書いたことで、僕は自分の文体の平衡を、ようやく元に戻せたような気がしました。
次に重要なことは「アサッテ」という概念の差異です。この点、前作では、孤絶した叔父の内部言語としてアサッテを書いているのに対し、新作では兄妹二人だけに通ずる一種の秘教的言語であるとしています。僕は当初、この差異を無理やりにでも一致させ、前作との一貫性を持たせるため根本的に改稿すべきか、とても悩みました。実際、その懊悩の表れとして『りすん』の第15章では、「彼らの言葉は個人的言語であるか」といった考察まで、作中の《創作ノート》で書いたりしています。そして、結果的に僕は、『りすん』におけるアサッテと、『アサッテの人』におけるそれとが、必ずしも一致・一貫していなくてはならない、という硬直した思い込みから脱却することで、『りすん』を書き終えられたのだと思います。
でも、この異なる二作を通して訴えたつもりの一致点がひとつあります。それは小説というものの持つ「枠」・「形式」・「作為」、そして「小説らしさ」といった制度に対する生理的嫌悪感です。こうした小説的な「枠」が、書く者、或いは書かれる者たちにとって、いかに強権的で嫌ったらしいか。その不快感の延長上に出来(しゅったい)してきた考えが、他でもない書いているこの自分の意識こそ、作品にとっての圧制者であり、「枠」であり、「作為」そのものなのではないか、という自己批判でした。この、書く作者と書かれる作品との二重性・三重性は、全ての小説形式が持つ入れ子体質を、否が応にも浮かび上がらせます。その入れ子枠、多重性自体への違和感を、小説の形式によって伝えることは、入れ子への反逆であると同時に、入れ子への荷担・奉仕でもありえます。ですから、このジレンマごと、僕は当の入れ子の渦中へ自らを投げ入れて書くしかなかったのです。
入れ子の渦中にいれば、それは入れ子小説(メタフィクション)だと人は言うでしょう。でも枠を道具立てに利用する本来の入れ子小説(メタフィクション)と、その同じ枠を憎悪する僕の二作とは、創作の動機・衝動が真逆なのです。確かに、いくら枠を嫌う小説であれ、枠の無限連鎖・無限増殖からは出られない。メタを糾弾する当の「小説」の本質がメタだからです。ただ、顕在潜在を問わず、全ての小説が入れ子(メタ)を不可避的に持っている、書く者と書かれる者とで成り立つ創作行為そのものが入れ子(メタ)構造に他ならないという点に、文学はもっと自覚的であるべきです。拙作のような、言わば「小説の枠(メタ)構造」批判を標榜した小説がどう位置づけられるのか、いや、こうした「

小説の嫌悪」自体が果たして嫌悪たりうるのか。あとは賢明な読者の判断に委ねるしかありません。
先日座談会でお会いした中原昌也さんの、「書きたくないということを伝えるために書く(けど、書いてる以上それが伝わらない)」という言葉、深く心に残りました。メタ形式の嫌悪をメタでやっていれば当然それは矛盾して見えやすい。なんだか複雑な時代ですね。
(すわ・てつし 作家)